永遠なる魂  第六章  あすに向かって 2

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 悪いことばかりではなかった。新築の研究所は快適で、浅井を筆頭に柿本ら所員はGE-一三二を薬事法で認めさせるべく、ゲルマニウム研究会と並行して研究を進めていた。そして昭和五十六年に驚くべき事実がもたらされたのである。

「素晴らしい結果が出ました。新しい発見です」

 四月に入ったばかりの時だった。ゲルマニウム研究会に参加している東北大学医学部の石田教授から、研究所の浅井に電話がかかってきた。石田は研究会の積極的なメンバーで基礎研究を受け持ち、浅井や柿本と親しい間柄である。

「どんな発見ですか」

 興奮気味の石田の声に、浅井は胸を高鳴らせた。

「GE-一三二は体内でインターフェロンを誘発するんです。これで癌が治る理論付けができます」

「万病に効く正体は、インターフェロンでしたか」

「春のゲルマニウム研究会で発表することになります。ただ、読売新聞が取材に来ましたので、近く載ることになると思います。それでご連絡をと思いまして」

「よくやってくださいました。これで新薬承認に一歩近づけます。私もゲルマニウム研究会の発表に出席させていただきます」

「新聞報道をお楽しみに。先生のご苦労がやっと実ります」

 電話を置いた時、熱くなった浅井の頭の中で、インターフェロンという言葉が渦巻いていた。

 そうだったのか。GE-一三二がインターフェロン誘発剤だとすれば、人間の自然治癒力を高め、免疫不全からくるあらゆる病気になぜ有効なのかが理解できる。インターフェロンはウイルス性疾患の夢の新薬と世間を賑わしているが、GE-一三二はまさしく夢の誘発剤だったわけである。

 インターフェロンが世間に知られたのは一九七七年で、スウェーデンのストランダー博士が研究成果を発表した。博士は一九七二年から、ヒトの骨肉腫の臨床例で、インターフェロン三百万単位を一カ月間、毎日注射し、さらに十七カ月間、週に三回の注射を続け、三十五人のうち半数の患者で癌の転移を防ぐことに成功した。この発表でインターフェロンは夢の新薬として脚光を浴びることになった。

 インターフェロンが発見されのは一九五七年で、ウイルスの干渉現象を研究していた英国のアイザックスとリンデンマンという二人の学者によってだった。ウイルスは地球上に存在する生物の中で最も小さく、組織は単純で、生きていくのに細胞に寄生してエネルギーを吸収し、増殖していく。ところが、一つの細胞に種類の異なるウイルスが感染すると、どちらか一方、あるいは両方とも増殖できないという現象が起こる。これがウイルスの干渉現象で、従来の免疫学では説明できなかった。

 それが解明されたのは、英国の二人の学者がニワトリの発育鶏卵を使って干渉現象を研究していた時で、ウイルス抑制因子の存在を発見し、インターフェロンと名付けた。インターフェロンはウイルスそのものを殺すのではなく、増殖を抑え、結果的にウイルスの活動を制止させるのである。

 細菌は抗生物質で殺すことができる。だが、ウイルスは細胞に寄生しているから、医薬品で殺そうとすれば、寄生された細胞そのものまで殺してしまう難しさがある。

 ウイルスに取りつかれた細胞は、自分を犠牲にしてエネルギーをウイルスに供給するから、ウイルスが増えると細胞は衰弱し、やがては死にいたる。そして宿主に見切りをつけたウイルスはほかの元気な細胞を見つけて感染する。

 ウイルス病にはウイルス性肝炎、ウイルス性皮膚疾患(ヘルペスやデング病など)、ラッサ熱のようなウイルス性出血熱群、狂犬病、インフルエンザなど八百種類あるといわれ、治療手段はまったくない。正常細胞には障害を起こさず、ウイルスだけを攻撃する薬品の開発ができなかったからである。

 だが、インターフェロンは正常細胞を傷つけることなく、ウイルスに細胞が無制限にエネルギーを補給することをやめさせ、その結果として増殖を抑える。

 インターフェロンのもう一つの働きは、免疫能力を高めることである。免疫細胞にはT細胞やB細胞、マクロファージがあり、インターフェロンは体内の異物を食べる貪食細胞といわれるマクロファージを活性化させ、免疫力を活発にする。マクロファージはウイルスや癌細胞などを食べ、殲滅してしまうのである。

 さらにインターフェロンは、リンパ球系細胞のナチュラル・キラー(NK)細胞を賦活する。NK細胞は癌細胞を直接攻撃する力があり、キラー(殺し屋)という呼び名がふさわしい存在である。

 つまりあらゆるウイルス性疾患や癌に有効ということだが、問題は体内でインターフェロンが蓄えられず、常時存在していないことである。

 それならインターフェロンを量産し、癌やウイルス性疾患に罹患した患者に投与すればいいことになるが、ここで問題が起こる。ワクチンのようにほかの動物で作ったインターフェロンは、人間にはまったく効かないのである。人間の体がつくり出したインターフェロンだけが人体に有効では、量産体制を確立するのが難しい。

 もし人間用のインターフェロンを量産できたとしても、それはほかの動物には効かないのだから、動物実験で効果を確かめることもできない。つまり薬事法の認可を得られないということになる。

 このため医学界では、インターフェロンを人体で生産させる何らかの方法がないかと研究を進め、ウイルスの干渉現象があることから、さまざまな毒性のある物質を注入して細胞を脅かせば、インターフェロンを分泌するのではないかと考えた。結果は、確かに細胞が反応しインターフェロンを分泌するのだが、刺激に使う薬剤に毒性があって、治療に使用できなかった。

 夢の新薬と言われながらインターフェロンを使えないということだが、そんな時に東北大学臨床試験の結果が出たのである。GE-一三二が副作用のないインターフェロン誘発剤と判明したことは、まさしく難病患者に福音をもたらせるものだった。

 癌やウイルス性疾患に罹患した患者にGE-一三二を投与すれば、体内でインターフェロンを生産、癌細胞を攻撃し、ウイルスの増殖を抑える。NK細胞やマクロファージを活性化し、体の免疫力を高め、難病を癒すことにつながるのである。

 石田から電話があって一週間ほど後、研究所へ出勤した浅井の部屋に、柿本が興奮して飛び込んできた。

「読売新聞を読まれましたね」

 顔を紅潮させた柿本が手にした新聞を広げ、社会面を指さした。そこにはトップでGE-一三二のことが載っていた。

 昭和五十六年四月十付読売新聞。

インターフェロン、誘発剤で“体内生産”

=価格は合成の十分の一=

副作用少なく、実用化メド 東北大チームが成功

[仙台]ガンやウイルス感染症に効く“夢の特効薬”インターフェロンは、現在、人体の外で合成したものを注射などで投与する方法が一般化しているが、東北大学医学部細菌学教室(石田名香雄教授)の海老名卓三郎助教授らのグループは、インターフェロンの誘発剤を投与することにより、体内でインターフェロンを自発的に“生産”させることに成功し、近く国内外の学会で発表する。この種の研究はこれまで、副作用の問題などで足踏み状態にあったが、同チームの発見した誘発剤は、臨床でも優秀な成果をおさめており、実用化への道を開いたものとして大きな期待を集めている。

 インターフェロンは「ナチュラル・キラー(NK)細胞」など人体の防御機能の活性を高め、ガン細胞、ウイルスなどの“侵入物”を駆除する働きがあるが、体外でつくったインターフェロンを注射しても、体内の酵素の働きなどで大半が分解されてしまい、また、インターフェロン自体高価で多量に投与できないという欠点を持っている。

 このため、同研究室では「人体に自分でインターフェロンを生産させる」誘発剤の研究に十年前から取り組んでいた。

 同チームが発見したのは・ピシバニール(ヨウレン菌をペニシリンで殺した菌体)・有機ゲルマニウム(カルボキシ・エチルゲルマニウム)・グリチルリチン(漢方薬甘草の主成分) にあるインターフェロン誘発剤としての特性。いずれも身の回りにある物質で、合成のインターフェロンに比べて価格も五分の一から十分の一以下と安い。

 これらを注射、もしくは経口投与で人体に与えると、「ピシバニール」「有機ゲルマニウム」の場合は、血液中に一cc当たり約五十単位、「グリチルリチン」の場合は同約百単位のインターフェロンが“生産”されていることが確認された。

 インターフェロンを人体につくらせることに成功したことは、誘発剤を使った治療法が実用化への第一歩を踏み出したことを意味している。さらに発熱、吐き気などの副作用がほとんどなく、また、ガン患者、健康な人間を問わずインターフェロンが生産されることもわかった。

 今後、投与量や投与方法などに課題が残るものの、従来の「体外」インターフェロン生産の方法と並行し「体内」でインターフェロンを生産する誘発剤の開発は新領域として大きな注目を集めそうだ。

「学会発表が楽しみだ」

 浅井の言葉に柿本がうなずいた。艱難辛苦をともにしてきただけに、喜びは言葉には言い表せず、熱い眼差しでお互いを見つめ合うだけだった。

 インターフェロン誘発剤としての研究が進めば、GE-一三二はきっと新薬として承認される。そうなれば、安い価格で大勢の難病に苦しむ患者たちが使用できる。その日が来るまで、浅井は頑張らなければならないと自分に言い聞かせた。

 それにしても、GE-一三二がインターフェロンを誘発するというのは驚きだった。これまで劇的な効果を表す原因を、体内酸素が豊富になるためと説明し、それにこだわってきた。だが効果の素晴らしさに、それだけでは物足りなさを覚えていたのは確かだ。

 ところが、東北大学の研究で、GE-一三二がインターフェロンという強力な武器を体内でつくり出すのがわかり、浅井は言うに言われぬ自信が身中から溢れてきた。インターフェロン自然治癒力の素で、それを生産するGE-一三二は、まさしく生命の元素であると確信したのだった。

 癌は手術で切除し、抗ガン剤で殺し、放射線で焼くという西洋医学の対症療法から、GE-一三二は完全に脱却できることを物語っていた。体内でインターフェロンを生産するなら副作用はなく、全身の免疫力を賦活させ、癌以外の難病にも効果が出る。GE-一三二の投与は全身療法で、難病治療の将来を明確に示したというべきではないか。

 欧米では代替治療とか相補治療、あるいはホリスティック(全身)医療という、近代医学に代わろうとする治療法が盛んになっているが、GE-一三二はその先端にあると断言できる。

 東北大学医学部の手で、GE-一三二のインターフェロン誘発剤としての効果が確かめられたのだから、今後は臨床例を集めてデータをそろえ、薬事法による新薬承認を厚生省に申請することが可能になる。それが浅井たちの夢である。

 浅井は新聞報道を眺めながら、あることを思い出した。それは昭和四十六年三月に成立したGE-一三二の特許申請の際、書類に添付した写真のことである。さっそく浅井は特許申請の書類を取り出した。

 写真はエールリッヒ腹水癌細胞にGE-一三二を作用させたところを写した、位相差顕微鏡写真である。写真には、癌細胞が爆発したように粉々になっているところが写っている。そして、癌細胞の周りから不思議な発光現象が起こっている。

「この写真と新聞記事を照らし合わせてどう思う」

 浅井は柿本に写真を見せた。柿本は眉間に皺を刻み写真を凝視していたが、やがて顔を上げ目を輝かせ、震える声で言った。

「癌細胞に取りついているのは、もしかするとNK細胞かマクロファージかもしれません」

「発光現象はどう説明する?」

「イオン活動ではないでしょうか」

「私もそう思う」

 癌細胞は通常細胞より高い電位を持っているが、それはイオン活動がほかより活発であることを意味し、結果として発光現象が起きる。その高い電位を狙い撃ちすれば癌細胞を殺すことが可能になる。

 ところがゲルマニウム半導体で電子を取り込む性質から、イオン活動が盛んな場所に接すると、盛んに電子を吸収する。つまり癌細胞の高い電位に引き寄せられ、細胞から電子を奪って電位を下げるのである。

 体内に入ったGE-一三二は、癌細胞のような電位の高い箇所、すなわち病変を求めて集まる。そして電子を奪い、さらにインターフェロンを生産し、NK細胞やマクロファージを活性化させ、癌細胞を破壊する。いわば癌細胞に向けて誘導ミサイルを発射し、狙い通りに到達させてインターフェロンという武器をつくり出し総攻撃するのである。

 GE-一三二を特許申請した当時は、NK細胞もマクロファージも知られていなかった。だが分子生物学が発展し、ここにきてGE-一三二がそれらを活性化する存在であることが判明したのは大きな成果だった。

 新聞報道や海老名助教授の電話からだけでは臨床試験の詳しい内容がわからない。浅井はじれったい思いでゲルマニウム研究会の発表の日を待った。

 やっとその日がやってきて、都内のホテルで開かれたゲルマニウム研究会に浅井は出掛けた。発表は海老名助教授が行い、どこからも文句のつけようのない内容だった。

 ゲルマニウム研究会ではすでにマウスやラットでGE-一三二の抗腫瘍活性を確認している。GE-一三二投与後二十四時間でインターフェロンの誘発がピークになり、NK細胞やマクロファージが活性化され癌細胞を破壊していく。

 GE-一三二が人間の癌にも有効なら、体内でインターフェロンを誘発しなければならない、という仮定からなされたのが、健康人を対象にしたインターフェロン誘発能力の実験だった。

 東北大学の実験は、二十歳台から六十歳台までの健康な男女三十五人が対象で、GE-一三二の安全性、副作用、インターフェロン誘発能力について検討した。

 その結果は、副作用では軽い軟便になった対象者が二人いたが、下痢症状とは認められなかった。さらに自覚、他覚症状でゲルマニウムの影響を思わせるようなものはなく、生化学検査値(肝機能検査値など)や血液検査にも異常は認められなかった。

 実験で確認されたのは、注射、経口投与ともゲルマニウムの吸収は非常に速やかで、経口投与の場合、九時間で吸収したゲルマニウムが排泄された。つまり、ゲルマニウムは体内残留がなく、長期連用しても副作用の心配がないということを示している。

 問題のインターフェロン誘発能力だが、投与量に変化をもたせて行われ、量が多ければ多いほどインターフェロンの分泌が盛んになった。投与後三十時間でインターフェロンの分泌はピークになり、産生量は年齢や性別には関係がなかった。ただ、個人差が大きく、中にはまったく反応しない人もいたという。

 もっとも、薬の反応には個人差があり、効く人がいれば効かない人もいるのは常識で、一部の人にゲルマニウムインターフェロンを誘発できなかったといっても、その効力が否定されるものではない。

 東北大学医学部の報告は、ゲルマニウムが人間でも実験動物同様に優れた抗腫瘍性を発揮する可能性があり、基礎研究に加え、多くの臨床試験を早急に積み重ねる必要がある。さらにゲルマニウムインターフェロン誘発剤であることから考えると、種々のウイルス病や細菌感染症にも効果を表すことを示唆しており、この方面での研究の進展が望まれる、と結論していた。

 GE-一三二の効果が、医学会で初めて公式に認められた日だった。

 東北大学の発表はガン学会などに凄まじい反響を呼び起こした。GE-一三二が毒性も副作用もなく、インターフェロンを体内で分泌させるとなると、癌は不治の病ではなくなる。大学病院や研究施設、医療機関はこぞってGE-一三二を治験薬として治療に用いはじめた。

 浅井が最初の著書を出版した直後から、医者に見放された末期患者たちが、ゲルマニウム・クリニックに押し寄せるようになっていて、GE-一三二の劇的な治癒効果が口コミで多くの人々に広まっていた。著書は二冊目も好評で、浅井は三冊目の執筆に取りかかっていた。それには東北大学の研究結果を載せるから、読者はますますGE-一三二の効果を認識するはずだった。

 それは願ってもないことで、癌患者の熱い視線がゲルマニウムに向けられるのは当然だったが、困ったことが起こっていた。

 GE-一三二の効用に注目した健康食品業者らが、ゲルマニウム含有製品と銘打ってさまざまな製品を売りはじめたのである。

 患者にしてみれば、GE-一三二とほかのものとの区別はつかず、ゲルマニウムと銘打ってあれば飛びつく風潮が現れたのである。藁にもすがる思いの癌患者にしてみれば仕方ないことだが、それに乗じてニセ薬が横行するのは、GE-一三二の真摯な研究にマイナスと言わざるを得ない。

 だが、浅井にはそうしたニセ薬を取り締まる力はなく、せいぜい著書で「最近、有機ゲルマニウムと称するニセ物が多く出回っています。GE-一三二とは一切関係がありませんので、ご不審の折りはかならずゲルマニウム・クリニックにご照会ください」という注意を喚起するしかなかった。

 ニセ薬の販売業者は、東北大学医学部の研究発表を患者に見せ、ゲルマニウム含有食品を飲めば体内でインターフェロンを分泌し、難病が治るとあおり、患者は二酸化ゲルマニウム有機ゲルマニウムと名付けた多くのニセ薬を争うように求めだしたのである。

 いずれの製品も毒性試験や副作用の試験が行われておらず、まかり間違えば生命を脅かすものになりかねない。それが心配だった。難病が治るという宣伝文句につられ、飲んだら毒性や副作用で逆に命を縮めかねない。

 浅井は、ゲルマニウムが簡単に有機化されないことを、長い研究から知っている。有機化できたとしても、水に溶けなければ薬理効果は表れず、かえって副作用が心配される。浅井と柿本はさまざまなゲルマニウム有機化に取り組んできた。

 柿本は六百種類以上のゲルマニウム化合物を合成したが、水に溶け無害で薬効があるのはGE-一三二だけである。金属は化合物によっては人を即死させる毒物にもなり得る。

 浅井はゲルマニウム研究では世界で最高水準にあると自負している。そんな浅井や柿本でさえGE-一三二を上回るような有機物を合成できていない。

 いわんや、製薬会社や健康食品メーカーが簡単に合成できるものではない。

 それに二酸化ゲルマニウムの存在も憂慮すべきことだった。文献では赤血球を増やす効果があるとされているが、毒性が強く、不純物の混入が避けられず、飲めば副作用の心配がある。

 もしニセ薬で服用者が重大な副作用に遭えば、GE-一三二も同じ目で見られかねない。

 かといって、厚生省や警察に、薬事法違反ではないかと投書するなど卑怯な真似はしたくない。それでは製薬会社や一部の医師の卑劣さと変わりない。

 浅井ができることは、大衆に注意を呼び起こし、あとはゲルマニウム研究会での臨床試験が進むことを待つのみだった。

 東北大学の研究と並行し、全国の大学病院や医療機関でGE-一三二は治験薬として使われていた。そして、癌やほかの難治性疾患の症例が続々と発表され始めた。

 東北大学抗酸菌病研究所は、三年間で癌患者五十人以上にGE-一三二を投与し、そのうち四十七例(男性三十一例、女性十六例)について報告している。症例には肺癌、手術不能の胃癌、喉頭癌、再発した乳癌などが含まれ、GE-一三二の投与を開始して一年以上生存したものは九例(男性一例、女性八例)で、女性患者は半数に上った。

 兵庫医科大学第四内科では、五十四年七月からGE-一三二を臨床に使用し、癌だけでなく肝疾患やクローン病ベーチェット病などにも投与した。さらに、ゲルマニウムを投与することで、血液中のインターフェロン値と症状とに、どのような関連性があるかの研究を進めた。

 大阪大学衛生研究所は、十四例中十一例の血液中のインターフェロン力価を測定し、四例について増加を認めている。

 東海大学医学部では一年半ほどの投与で、肺癌や多発性骨髄腫、子宮癌など数例で著効が見られていた。

 鹿児島大学医学部腫瘍研究施設は、鹿児島地方に多発している悪性リンパ腫のうちT細胞系腫瘍で、四十二歳から六十二歳の男女九例(男性七例、女性二例)に抗ガン剤と併用でGE-一三二を投与した。結果は、完全に社会復帰できたのが五例、不完全復帰が二例という顕著な治療成績を上げた。

 このほかにも、国立東京第二病院、岡山大学医学部第二内科、東京医科歯科大学泌尿器科名古屋大学医学部第二外科、結核研究所付属病院、いわき共立病院呼吸器外科などから臨床報告がゲルマニウム研究会にもたらされた。

 だが、医療機関でのゲルマニウム治療は、抗ガン剤や放射線治療との併用が多く、浅井はそれが不満だった。癌治療に用いられる通常療法を行えば、それで患者の免疫力が落ち、GE-一三二の効果が薄れる。可能ならGE-一三二だけの投与で臨床試験が望ましかったが、それを大学病院や医療機関に求めるのは無理だった。

 抗ガン剤と併用するのは、GE-一三二の基本理念をわかっていないからにほかならない。GE-一三二は人体の免疫機能を強化するのに、抗ガン剤は癌細胞をたたくが逆に免疫力を低下させる。それではGE-一三二の効果は完全に発揮できないのである。

 相乗効果があったという報告もなされているが、抗ガン剤を使用しなければ、もっと効果があったのではないかと、患者のためにも不満が残る。

 治験薬だから、投与方法は担当医師の判断にまかせるしかないが、それではGE-一三二の真価はわからない。大製薬会社が資金力と組織力に物を言わせ、一定の条件下で新薬を投与するのと違い、何の力もない一個人が臨床例を集める難しさを実感せざるを得ない。

 癌以外の難治性疾患の症例も数々報告されている。てんかん自閉傾向、脳性マヒ、ダウン症、知恵遅れなどの脳障害児、眼科領域での眼底血圧、間接リウマチや肺炎、精神疾患、喘息、肝硬変、食道静脈瘤、胃潰瘍、胃カタル、糖尿病、子宮筋腫などで、いずれもGE-一三二の有効性が確認されていた。

 これだけの臨床例がそろえば薬事法による新薬承認が可能ではないか。浅井たちは続々と集まる臨床例を分析し、認可申請の準備を進めた。

 浅井は人々に安く普及できればそれだけでいいと胸の内で考えていたが、自らの癌をGE-一三二で治療している日本医師会会長の武見太郎の強い勧めで、新薬承認申請を行うことにした。

 武見はケンカ太郎とあだ名を付けられたほど厚生省の役人とぶつかったが、浅井には紳士的で理解があった。自身が理化学研究所ゲルマニウムの研究をしていたからかもしれないが、有機化とは思いつかなかったと、事あるごとに言っていた。

 新薬の申請は膨大な書類の量になるが、承認されれば多くの人々がGE-一三二で救われる。そう思えば浅井たち所員は、忙しさなど苦痛とは感じなかった。