皇族数確保のための皇室典範改正が、中道改革連合が歩み寄ったことで、今国会での改正がほぼ確実になった。
旧皇族の宮家との養子縁組を認め、女性皇族の宮家を創設しても配偶者や子供は皇族にしないという案でほぼ決まりそうだ。
もっとも、立憲など一部の野党は女性皇族の家族を皇族にしろとごね、「適時適切」に検討するという付帯条項を付けるよう求めているが、そんな条項は将来に禍根を残すだけだからはね付けるべきだ。女性皇族の家族の問題は過去の議論であり、為にする以外の何ものでもない。
典範改正が大詰めを迎える時期を狙ったように、愛子天皇待望論が急激に活発化した。漫画屋の小林よしのり(以下敬称略)や所功、島田裕巳、高森明勅、河西秀哉といった女性・女系天皇を支持する学者・文化人が、愛子天皇誕生を求めて盛んに声を挙げた。
そして、皇族数の確保策が衆議院の協議会で大詰めになったのに呼応するように、ネットで真偽不明の投稿が相次いだ。「○○情報取締まり」などと称する秋篠宮家を中傷するイメージ画面が目につくように大きく表示された。すべて理由も説明もないイメージ刷り込みによるプロパガンダ投稿ばかりだ。
さらに、Facebookで男系男子を積極的に主張している作家や学者のタイムラインに、男系支持を否定する投稿が相次いでいる。投稿者はいずれも友達が50人前後にすぎず、最近になってFacebookに参加した人たちらしい。
男系男子の主張を否定しようと目論む何者かが、仲間を新たにFacebookに参加させ、盛んに書き込ませていると推測される。反男系を目的とした完全なプロパガンダである。
皇室典範改正で愛子天皇誕生の可能性が完全に消えるため(いまでも可能性はないが)、一部の勢力は商売が上がるとばかり愛子天皇待望論と秋篠宮後嗣殿下への中傷を偏執的に繰り返した。
中道から立候補して落選した枝野元立憲代表は、宮家と旧皇族の養子縁組について、“天皇制を壊す”と主張するが、女系天皇の方が遥かに皇統を断絶させるということが理解できていない。いや、皇統を断絶させるため、意図的に元皇族の復帰を拒もうとしているとしか思えない。
女系派にとって愛子天皇の可能性が消えるのは、これまでの主張が制度的に否定されて死活問題になる。海外の反日勢力にとっては、女系天皇誕生で日本国民の団結力が弱まり、反日活動が容易になる。だから、愛子天皇を待望する。
いずれも手段を選ばず、目の色を変えて皇室非難を繰り返している。彼らの主張は根拠のないものばかりである。
もっとも、彼らの反皇室活動は、良識的な国民に何の影響も与えておらず、いまのさまざまな皇室非難は、敗北を認める断末魔の悲鳴に聞こえる。
以下、女性・女系天皇論の欺瞞性や為にする批判を明確にしていこう。
世論調査で国民の多くが愛子天皇を望んでいるというが、本当にそうなのか?
マスコミは調査結果の発表だけで、質問の内容や方法を明らかにしていない。
すでに悠仁親王殿下まで順番が決まっているのには触れないで、女性天皇に賛成かと、まるで愛子天皇に賛成かと誘導するような設問になっているのではないか。
さらに設問に、愛子天皇の後継者は女系になり、神武天皇以来の男系から外れる、という指摘がなされているのかどうかも定かではない。
愛子内親王殿下が国民に人気があるからといって、国民投票で天皇を選ぶ様なことをしていいのか。人気投票なら佳子内親王殿下と比べなければならない。それではまるで芸能人の人気比べである。
国民人気で天皇を選んだら、代替わりのたびに人気投票が必要になるが、人気が無くなれば退位となるのか、まったく触れていない。
天皇と芸能人とでは、世界や次元が異なり比較できるはずもない。
ちなみに、愛子殿下が小学生のとき、登校拒否だとか、雅子皇太子妃(当時)が隠れて修学旅行に同行したなどと週刊誌が激しく叩いた。
それが打って変わって今では愛子天皇誕生を待望するとは、裏に何かあるとしか考えようがない。
皇族数を増加させるのが皇室典範の目的だが、愛子天皇誕生で皇族が増えるだろうか。
女性皇族はほとんどが晩婚だし未婚である。女性天皇が結婚、出産しなければ皇統は絶え、子供が男性でも天皇になれば女系へ移行し、長い皇統の歴史は断絶する。
さらに、皇婿になる“勇気”ある一般男性が現れるかどうかもわからない。
たとえ、女性天皇、愛子天皇が誕生したとしても、皇族数が増えるとは断定できない。
第一、皇位継承2位の悠仁親王殿下が存在されているのに、皇位継承者として認められていない愛子天皇を待望するのは、父系・男系を断絶させるのが狙いとしか思えない。
女系派は天皇が男系男子できたのは大陸王朝の男尊女卑をまねたからで、皇室典範に明記されたのは明治からという。
本当にそうなのか。法典は長い習慣という伝統があってこそ初めて文字化される。英国など文字化された法典がなく、慣習法が憲法の代わりになっている。長く続いた伝統や習慣が大切なのだ。
では、日本で男系が続いたのは、大陸王朝の男尊女卑に倣ったからかといったら、無知な主張であり、歴史的事実をねじ曲げている。
大陸王朝が男子優先で推移したのは、唐の時代に皇后だった則天武后が皇帝になり、唐を滅ぼし、新唐を設立したことに懲りたからにほかならない。
女性が権力を握るとろくなことがないと実感したのだろう。それ以来、男性皇帝が続いた。
日本でも同様なことが起きている。有名な道鏡事件だ。
聖武天皇の息女だった称徳天皇は、宇佐八幡宮の神託をでっち上げ、道鏡に皇位を譲ろうとした。幸い、和気清麻呂の機転で皇位が簒奪されることはなかったが、間一髪という皇統の危機だった。
和気清麻呂は道鏡の不興を買い、和気汚麿(きたなまろ)と名前を変えさせられ追放された。道鏡に抗するのは命懸けだったのである。
これが原因して女性天皇が忌避され、江戸時代になるまで女性天皇の即位はなかった。
大陸も日本も、女性が皇帝や天皇になったばかりに国を危うくしたのは、厳然たる歴史的事実である。
ちなみに、126代にもわたる天皇の歴史で、女性天皇はたった8人10代だから10%にも満たない。つまり女性天皇は例外そのもので、女系天皇は皆無である。
明治の皇室典範が天皇は男系男子としたのは、126代にわたる伝統を、例外を除いて文字化しただけである。
大日本帝国憲法や皇室典範の成立に大きな役割を果たした井上毅(こわし)は、欧州各国の憲法を調べ上げ、さらに日本の歴史や慣習を徹底的に研究した上で、憲法と皇室典範を作り上げた。
日本の古代からの歴史や世界の憲法、王室のあり方を調べ尽くした上での起草であり、男女同権や女性優遇などという、ごく最近の薄っぺらな思想や心情を基にしたのではない。
女系派は明治の皇室典範制定時に女性・女系天皇の是非について議論があったから、否定していたわけではないなどと、言わずもがなの主張をする。
議論の俎上に乗ったからといって認めたわけではない。議論の材料として扱われただけなのを無視してはならない。典範を創設する時、考えられるさまざまな材料を集め、検討するに決まっている。8方10代の女性天皇が存在したのだから、明治の担当者たちが真摯に議論するのは当然である。
それが女性・女系天皇を認めたことにはならないし、認めていたとするのは我田引水もいいところである。
さて、愛子殿下が優秀だから天皇に相応しいと主張する学者たちがいるが、愛子殿下と佳子殿下、さらに悠仁殿下を比べた上で言っているのか?
そもそも皇族を比べること自体が不敬だが、愛子殿下は成長して立派な大人、悠仁殿下は成人したばかりである。比べることそのものが的外れである。
歴史上で天皇に匹敵する功績を上げた神功皇后や、正当な皇統後継者が現れるまで、摂政として政治を動かした飯豊青女王(いいとよのあおのひめみこ)は天皇にならなかった。
神功皇后は妊娠していたからと反論するかもしれないが、応神天皇が誕生して成人するまで長い年月が経っているのだから、つなぎの天皇となって何らおかしくはない。それでも即位しなかった。
女系派は神功皇后が存在しない伝説上の人物だと言うかもしれないが、国の正史・日本書紀に記録されている存在を無視するなら、その理由を学問的、歴史的にまず明確に示さなければならない。
お二人とも即位しなかったのは、女性天皇は異例だということを正確に認識していたからだろう。
長子継承という主張もあった。だが、皇統の歴史で長子以外が天皇になった例は驚くほど多いし、兄弟継承が主流だった時代もある。
だから、今上陛下の次は秋篠宮殿下が継承する順番は歴史的な事実に適っている。
こう見てくると、愛子天皇待望論や秋篠宮殿下への中傷は、皇統を断絶させようとする陰険な狙いがあるとしか思えない。
さて、皇室典範改正は元皇族と現宮家との養子縁組を認め、女性宮家を創設し、皇婿や子供は皇族としないことで決着がつきそうだ。
元皇族の養子縁組を否定する女系派などは、皇族から一般人になって80年だし、現在、元皇族で続いている伏見宮家は天皇と血統が別れてから長い期間が経っていると反対する。
にもかかわらず、女性皇族と結婚した一般人を、野田元総理のように「皇族とすべき」と主張するのは、明らかな論理矛盾である。
元皇族でさえ天皇と血統が遠いというなら、まったくの一般人は、遠いどころか繋がってさえいない。
血統を無視し、関係のない男系の血統を皇統に紛れ込ませようというのが、皇婿を皇族にという主張に他ならない。皇統を断絶させるのが狙い以外の何者でもない。
こうした危険があるから、女性宮家を創設するより、降嫁した後の元女性皇族に、元・宮様や准宮様のような敬称を贈り、皇族の公務を代替してもらうのが望ましいのではないだろうか。
黒田清子さんは伊勢神宮の祭主を務められ、立派に元内親王としての役割を果たされている。お相手に問題がなければ、元・宮様、准宮様として特別な手当を付け、皇族の仕事を続けていただく方が、女性宮家を創設するより理に適っている。
臣籍降下した女性皇族に結婚後も公務を続けていただくには、特別立法すれば済む話である。
ただ、内親王殿下たちがいざ結婚となった時、皇室に残るか臣籍降下するかは、ご自身の意向にお任せすべきだろう。
さて、なぜ男系男子でなければならないのかを考えてみよう。
女性は皇室に入れても、男性は入ることができなかったという歴史的事実がある。一般女性は皇后になれても、一般男性は天皇にはもちろん、皇族にすらなれない。
政治権力を握った権力者、例えば藤原一族の当主でも、皇族となることはできなかった。 だから娘や孫を天皇に嫁がせ、外戚として権力を握ろうとした。
もし、権力者が絶対の権威を持つ天皇になれれば、我こそはと激しい権力闘争が起きるのは目に見えている。古代は皇族同士さえ激しい権力闘争を行った。
一般人の権力者の勢力争いとなったら、血で血を洗う争闘になるのは避けられない。それは戦国時代などの武士の闘争をみれば明らかである。
そのため、一般男性が皇族になれない仕組みを考え継続した。
皇室での権力争いを避けると同時に、国を知ろしめすという高貴な役割から、権力者を排除してきたのである。
天皇は初代神武天皇以来、長い年月をかけて国家国民の平安を祈ってきた。祈りは遺伝子に働きかけかけ、平和を祈念する遺伝子を活性化させる。
遺伝子研究の世界的権威、故・村上和雄氏は祈りが遺伝子を変化させるといろいろな場面で強調している。
村上氏は吉本興業と提携した臨床試験で、笑いがガン抑制遺伝子を活発化させ、ガンを縮小させることを実証した。祈りの力は、遺伝子を改変させる威力を持っている。
男系天皇が何世紀にもわたって続いたことから、祈りの力がY染色体遺伝子の平和遺伝子を目覚めさせ、それが代々、伝わってきて、今の祭祀王としての天皇を作り上げたのだろう。
初代の神武天皇時代から「国、民安かれ」と祈り続けてきた真摯な祈りは、Y染色体遺伝子に働いて平和を願う遺伝子を目覚めさせ、それが代々、受け継がれ、平和を希求する天皇(すめらみこと)という皇統をつくったのではないか。
それとも、平和を希求する遺伝子はY染色体にしか存在しないのかもしれない。
科学的な実証は不可能だが、祈りはY染色体遺伝子の平和を求める部分を覚醒させ、祈りの天皇が出来上がったと考えられる。
古代から続いた皇統が、なぜ男系男子でなければならないかを、最新の遺伝子工学が解明したといえる。
天皇行としての通常の修行や、国家祭祀の執行には絶大な気力・体力、集中力が必要である。年に一度は新嘗祭のような寒い夜を徹しての祭祀がある。
日々の行もただ慎むというだけでなく、歴代の神祇官だった白川家に伝わる修行法を執行し、国家国民や自らの罪汚れを祓い清めるための禊ぎ祓いと多種多様だ。禊ぎ祓いと一口に言うが、寒中の禊ぎは生易しいものではない。
体力のない女性、妊娠している女性では行や祭祀を執行できない。できたとしても体を壊しかねない。だから女性は、後継者が幼いなどの特別な事情があるときだけ繋ぎ役とて即位し、後継者が成長するのを待った。
祈りの遺伝子が活性化していない人間は、どんな権力者であっても天皇とはなり得ない。
遺伝子を活性化させる最大の天皇祭祀は、践祚して最初の新嘗祭、すなわち大嘗祭である。
大嘗祭に陪席した多くの人たちが、祭祀後の天皇は一段と神々しさが増すと証言している。
大嘗祭という天皇祭祀、神道祭祀が、国、民安かれと皇族として祈ってきた遺伝子を、さらに深く強く活性化させ、「知ろしめし聞こしめす」天皇を生み出すのだろう。
民族学者の折口信夫は、践祚した天皇が大嘗祭で歴代の天皇霊と一体になり、天皇が完成されると述べている。天皇霊と践祚天皇が一体化するとは、平和を祈る潜在遺伝子が完全に目覚め、余人では務められない「すめらみこと」になることである。
折口の言葉を借りるなら、歴代の天皇霊と一体化した天皇こそ、万世一系の天皇であり、国の御柱としての天皇となる。
将来の正当な皇統継承者が、若い世代では秋篠宮家の悠仁親王殿下しかおられないというのは確かに不安である。
悠仁殿下が結婚せず、しても男性子孫に恵まれなかったら、皇統の危機になる。それは愛子天皇が誕生したとしても同じで、GHQの皇統断絶、日本弱体化の罠にまんまとはまることになる。
だから、遅くても「悠仁天皇」時代に、皇統継承者の数を確保しておかなければならない。「悠仁天皇」に複数の男子が生まれればいいが、その時になってみなければ分からないから、今のうちに解決策を見いだしておくべきである。
議論を前に戻すが、皇婿を皇族にした場合、皇室で生きてきたわけではないから、祈りの遺伝子が活性化しているとは言えない。祈りによって遺伝子が改変するには長い年月が必要で、婚姻によって皇族になったからといってすぐに活性化するものではない。
では、旧皇族はどうかといえば、GHQによって強制的に臣籍降下させられるまで、皇族としての務めを果たしていたのだから、潜在力は十分にある。それに、臣籍降下した後も皇室との付き合いは継続しているし、家庭の祭祀も滞りなく行われている。
万万が一、何世代か後に践祚する機会があったとしても、折口流にいえば、天皇霊と一体化する資格と能力は十分にある。
養子縁組に批判的な勢力は、旧皇族の中から養子に入ってもいいと手を上げる人がいるだろうかと疑問視する。
旧皇族ですらそうなら、女性皇族と結婚してもいいと手を挙げる男性はもっと少ないのではないか。
小室真子さんの結婚時、小室圭氏の身上調べにマスコミは奔走した。女性皇族との結婚は尋常ではない注目を浴び、プライベートなどなくなる。さらに、女性宮家に入るとなったら、口さがない人間は現代の道鏡と非難する恐れもある。
一般人がそれに耐えられるだろうか?
さて、宮内庁はまだ旧皇族と接触していないとしているが、養子縁組が具体的な話題になった段階で、それなりの行動を起こしていなければ官僚は務まらない。
さらに、旧皇族の人々が連絡しあって、本人の意向を確かめて候補者を絞っていることだろう。
女系派が言うほど、養子縁組のハードルは高くない。高さから言ったら、皇婿の方が遥か上方にあるのではないか。
男系男子が養子縁組しても、側室がないといずれ男系の皇統は断絶する、と女系派はおかしな主張をするが、側室制度があった時代、生まれた子供の生存率が低く、側室がいなければ血統をつなげなかったのを無視している。
いまは医学が発達して子供が夭折する心配が少なくなった。皇統を維持するのに側室制度は不要である。
だから、数家族が養子縁組し、すぐ皇族になるわけではないから帝王学を学び、次の世代から皇族としての役割を果たすのがいい。
養子縁組で宮家に入った当人は、皇族見習いとして准皇族の肩書で公務見習いをすれば、祈りの遺伝子を受け継いでいるのだから、次の世代からは立派な皇族になる。
さまざま述べてきたが、神道祭祀は恐るべき力を持っている。初代神武天皇は自ら祭主になり、天つ神に敵の平定を祈った。10代崇神天皇は疫病で国民が死に絶えようとしたとき、大伯母のヤマトトドヒモモソ姫が神がかりし、三輪山に祭られている大物主神の子孫に祭らせろと神託を下し、何とか危機を回避できた。
天皇は青人草=国民、神々と常に一体であり、そうなるための天皇祭祀を日々行われている。平和を希求する遺伝子を、Y染色体に持つ男系男子でなければ、皇統を永遠に存続させ国を繁栄させることができないと、日本国民は肝に命じるべきである。